大学時代の同級生が楽しい本を出している。川島レイ著『上がれ!空き缶衛星』(新潮社)そして『キューブサット物語−超小型手作り衛星、宇宙へ』(株式会社エクスナレッジ)がそれである。昔から「宇宙大好き」のエネルギッシュで筆の立つ女性だったが、彼女の著書には宇宙への思いを手作り衛星に託す大学生たちへの愛があふれている。
数年前、彼女の関係で、キューブサット・シンポジウムという研究者や学生や、アマチュア天文学者や、とにかく宇宙が好きな人たちが集まる(らしい)会議での通訳を引き受けたことがある。キューブサットとは縦横高さ10センチずつの立方体をした、小さな小さな人工衛星で、商業用ロケットに積んで打ち上げてもらい、宇宙で展開していろいろな機能を果たさせるものだ。研究者や、内外でのキューブサットに取り組む人たちの事例の発表が続いた。
東大阪市の工場のおっちゃんたちが「景気の悪さなんぞ吹き飛ばしてまえ」と取り組んで、「まいど1号」と名付け、2002年の公共広告機構のコマーシャルに取り上げられていたのがこれである。元気な大阪のおばちゃんが、町工場のおっちゃんたちに「あんたら!今度ロケット飛ばすらしいなぁ。」「ロケットちゃうがな、衛星やがな。」「どこが違うねん!」なんていうやりとりもあったと、その広報担当をつとめる女性も、大学の研究者に混ざって堂々と発表をしていた。
プログラムの中に、大学生のアイディア・コンテストがあった。たった10センチ四方の立方体に、一体何を積み込んで、宇宙で何をさせるのか・・・。大学生らしいアイディアが次々と発表される。私が担当した関西弁の学生が、「せっかく宇宙に行くんだから、宇宙そのものをバックにして精巧なミニチュアの宇宙戦艦大和みたいなのを展開し、映画を撮る」というアイディアを発表した。発表者はその後、会場からの質問に答えなくてはならない。
「精巧なミニチュアを軌道投入するとなると、衝撃に気をつけないと簡単に壊れてしまう。どんな風に投入するつもりですか?」最後の部分の私の訳出はとってもストレートに “How do you plan to deploy your satellite?” 学生は一瞬困ったように沈黙してから答えた。「気合で・・・。」・・・おい!と、つっこみたくなる瞬間、通訳者にとっては冷や汗たらりの瞬間である。
オーディエンスの中でも日本人はすでに大笑いしている。「このヤロー」と心の中で思いながら私の頭はフル回転。「気合いで・・・」という一言で彼が伝えたかったことは何か。
1.そんなことは考えていなかった。
2.でもそれをここで言いたくはない。
3.認めても良いけど、だったら笑いを取りたい。
この3点を満たす答えは・・・そして直前の質問は “How do you plan to deploy your satellite?”
・・・この間、約2秒。私の出した答えは・・・
“Very very carefully.”
隣にいたパートナーと、ブースの目の前に陣取っていた海外から参加の研究者が「ぶっ」と吹き出すのを確認して、私は安堵した。自分の衛星を積んだロケットの打ち上げ成功を確認するのは、こんな気分なのかもしれない。くだんの関西弁の学生は、このアイディアコンテストで大賞を受賞した。衛星を上手に軌道上に展開できたときは、こんな気分になるのかもしれない・・・と、ひとりごちたことを思い出しながら、旧友の著書を再び手に取る。何度でも読み返したくなる、いい本である。(2005年8月)
質問怖い・・・
プログラミング言語にかかわるものすごくテクニカルな講演があった。資料を見た段階で、これは分からない世界だ、と覚悟する。スピーカーはあるプログラミング言語のカリスマ、天才である。天才でも通訳者を必要とするが、残念ながら通訳者は天才ではない。(天才だったら、通訳なんぞやっていない。)天才の言うことを100%理解できるなんて思い上がったことは、私たちはこれっぽっちも考えない。
たっぷりあるブリーフィング時間で最初から最後まで全部説明してもらうがやっぱり分からない。理解できない世界は耳とリテンションと条件反射的な俊敏な反応の勝負となる。40分の講演を、普段であれば二人で前半後半に分けるのだが、集中力をキープするため、あえて4分割して、一人が1と3、もう一人が2と4を分担することにした。
講演が始まった。さっぱり分からないまま訳しているので、自分が理にかなったことを言っているのかどうかも定かではない。まっ暗闇で手探り状態である。4分割は正解だったと思いつつ講演部分を終え、質疑応答の時間になった。中身が分かっていない時は、これが実に恐ろしい。
本体部分は何とか方向性が分かっているので、手で探る壁があり、それをつたっていけば何とか出口にたどり着く。ところが質疑応答はいきなり真っ暗な広場の真ん中に取り残されて、どこから飛んでくるか分からないボールを受けろといわれているようなものだ。何とか気配を察して受け取ると、今度はそれを姿の見えない講演者に向けて、正しく放らなくてはならない。
では、質問がひとつもないほうが良いのか、というと、これがそうでもないのだ。通訳者たちと同じくらいオーディエンスにも講演者の意図が伝わらなかったのかしら、それほど訳出がひどかったのかしらと、通訳者は思い悩むのだ。因果な商売である。
この講演では質問が4,5問出た。パートナーと1問交代でマイクを渡しあう。オーディエンスの一人が英語で質問し始めた。下手である。発音も悪いし文章になっておらずほとんど単語の羅列だ。講演者が「質問の意図が良く分からない。日本語で言ってみてくれないか」と提案するが、あくまでも英語で押し通す。よっぽどこの通訳は信用できないと思われたかな、と気分が暗くなる。パートナーと二人、「がんばったんだけど、だめだったのね」と悲しくなっていた。
しかしその後、日本人にしてはとても理路整然と話せる質問者が日本語で質問をした上、通訳された答えを聞いて、「よく分かりました、ありがとうございます」といってマイクを置いた。救われた、と思う瞬間である。大きな会場だったのでどんな人かは分からなかったが、ブースを飛び出し、駆け寄って抱きしめてあげたかった!
通訳者に抱きしめられたい方は、参考にしてください。通訳ブースのすぐ近くに陣取ってやっていただくと、効果的だと思います。(注:この文章は、その実効性を保証するものではありません。)
はさみ
成田空港で、小さなはさみをうっかり入れていたために、セキュリティ・チェックに引っかかり、機内持ち込みの荷物を開けて、それを取り出さなくてはならないめにあった。まぁ、これは私の不注意。2001年9月11日以降、刃物は一切だめなのだ。こんな、刃渡りせいぜい5〜6センチの薄っぺらいはさみじゃ、何もできないよ、という論理は通用しない。使いようで何かができると思っている人がいるのだろう。
文房具用の袋の中から、件のはさみを引きずり出して、手荷物を取りまとめていると、横で私の担当とは別のセキュリティ係りのお姉さんが「お客様、ジャケットもご一緒ですか」と誰かに呼びかけている。横目で見るとトレイの上にベージュの薄手のブレザーらしきものが載っている。誰かが忘れて言ったのかしら、そのうちあわてて戻ってくるだろう、と思っていたら、お姉さんの声がだんだん大きくなってくる。「お客様、お客様!」大きな声を出すより、走って行って肩でも叩いてあげたほうが早いだろうに、と思っていたら、いきなり目の前に、にゅっと顔を突き出された。「お・きゃ・く・さ・ま、こ・ち・ら・も・ご・い・っしょ・で・す・かぁ?!」
いらいらしている様子を見て、初めて私に呼びかけていたのだと気がついた。でも「あら、悪いことをしたわね」なんて同情する気にはならなかった。だって、春とはいえひんやりと寒い東京から、もっと涼しいヨーロッパへの旅立ちだったから、私はたっぷりとした厚手のスプリングコートを着込んでいて、どう考えたってその上から、1枚仕立てのジャケットを着るはずなど無いのが明らかな格好をしていたのだ。本当にあれが私のだと思ったとしたら、このお姉さんのつかいようも誰かが考えてあげなくてはいけない。
セクハラ大国
アメリカから来たクライアントの女性と地下鉄で移動した。二人分の席を見つけて腰掛けていると、彼女の隣のおじさんがスポーツ紙を広げて読み始めた。日本の地下鉄が初めての彼女は、面白そうに、隣のおじさんの新聞をちらちらと覗き込んだり、周りの乗客を眺めたりしていたが、おじさんがページを繰ったのにつられて視線を再びスポーツ紙に移したとたん、「ひっ」と息を呑んだ。ぎょっとした顔で私を見て、口をパクパクさせている。
あ〜ぁ、やっちゃったね、おじさん、と思いながら、彼女の向うのおじさんの手元を見ると、お約束どーり、裸のお姉ちゃんが扇情的なポーズを取った写真が紙面の真ん中にでーん!その隣にはなにやら怪しげなタイトルの連載小説らしい読み物の挿絵が、これまたいかにも危なげに描かれている。
で、その持ち主のおじさんは、「ひっ」の後でみるみるその目が三角になったアメリカ人女性と、「恥ずかしい事するなよ」と日本人男性の名誉のために腹を立てている私、二人の冷たい視線を受け止めて、おびえつつ、あわてた。いったい自分が何をしたんだろうと、おたおたしている。はっと気付いて、ばさばさと音を立てながら新聞をたたんだ。
気付いただけ、偉いじゃん、と私は思ったが、彼女が許さない。おじさんのほうを睨みながら「ミネコ?」と尋ねかけてくる。「なに?ブレンダ?」「日本人の男性はあんなものを人前で見るの?女性は、平気なの?」「平気じゃないけど、どうせ見も知らない他人のすることだから、恥ずかしい事だなんて、教えてあげる必要は無いもの。」「信じられない。私の夫があんなことしたら、離婚ものだわ。」
広げていたのが大衆雑誌で、グラビアのヘアヌードだったりしたら、ブレンダは卒倒したかもしれない。離婚どころか、撃ち殺してやる、と言ったかもしれない。スケベであることがいけないとは言わない。人間がスケベでなくなったら、世の中の楽しみは半減するに違いない。ただ、本来一人でひっそりと楽しむべきで、人前で広げるには恥ずかしいものが存在するという意識を、日本の殿方には持ってほしいものである。
欧州の殿方
2週間海外に出張した。2週間分のつもりで洋服も持っていったので、最初の1週間の会議で全部1度は着てしまえ、と思って、毎日昼間と夜のディナーの時とで別の格好をしていたら、3日目くらいにベルギー人の参加者から「何着服を持ってきているの?」と聞かれた。くるくる着ているものが変わるのを面白がって見ていたらしい。2年前に買ったスーツを着ている私を見て「そんなの、持っていたっけ?」と聞いてくる、とぼけたうちの配偶者とは大きな違いだ。
持っていったものの一つが、マネキンが着ているのを見て一目で気に入り、衝動買いしたニットのセーターだ。ニットにこんなお金を払うことはもう2度と無いだろうと思う代物だったが、何人かの参加者から、着ていたその日のうちにお褒めいただいて、そこそこ悦に入っていた。翌日チェックアウトを待っていると、同じカウンターに並んだオーストリア人の参加者から話しかけられた。
「昨日着ていたセーターが素敵だった。昨日のうちに伝えたかったんだけどチャンスが無くて。」前日着ていたものを褒められたのは初めてだ。相手は背が高くてなかなか素敵なドクターである。ついでに「よろしかったら空港までご一緒しませんか」なんてお誘いがあったらどうしましょ、などとほくそえんでいたら「どこで買ったの?」と畳み掛けられた。どうやら奥様か恋人に買ってあげたかったらしい。
少々拍子抜けはしたものの、褒められたことに違いは無い。おしゃれをすればちゃんとそれを見ている人がいると言うのは、悪いものじゃあない。欧州の殿方のスケベ心はこんな風に表に表れて、女性の心をくすぐるのである。日本の殿方も、ヘアヌードのグラビアにばかり鼻の下を伸ばしていないで、少し見習おうね。
桜の季節
今年(2002年)の桜は、あっという間に咲いてあっという間に終わってしまった。普段追い立てられるような生活をしていると、桜の季節くらいは短いなりにのんびり楽しみたいと思っているので、ついついマンションの裏手のまだ若い桜の木を見上げては、「そんなに咲き急ぎ、散り急ぎしなさるな」と、呼びかけてみたりする。まるでおばあさんである。
ちょうどその桜が3〜4分咲きくらいだった頃、飯田橋から首都高に乗った。池袋線で南下し、環状線から西に向かう新宿線に乗るつもりだ。平日の午後、まだ早い時間で、混む要素は全くない。交通情報でも事故や渋滞の情報は出ていない。
ところが!混んでいるのである。止まりこそしないもののママチャリでも楽に抜けそうな速度で、延々と続く車の列がとろとろと進んでいく。いったいどうして?といぶかるうちに車は竹橋ジャンクションから大きく右へ曲がって環状線にはいる。北の丸公園と皇居の間を抜け切ろうとするとき、急に謎が解けた。
千鳥ヶ淵の桜が、満開にはまだ少し間があるので、幾分慎ましやかに、しかし充分に誇らしげに春を告げている景色が、右手にひらけてきたからだ。ほんの数秒の絶景を、あと1秒でも引き延ばしたいドライバー達が、思わず心持ちスピードを落としたのが連鎖的に後ろにひびいてきた、いわばお花見渋滞だったらしい。このスポットを過ぎると、車はすいすい進んだ。
千鳥ヶ淵といえば忘れられないのが去年のお花見。ここ数年私の花見は桜並木をゆっくり散歩するパターンである。頭上の桜とその下にシートを敷いて食べ物やら飲み物やらを広げる大勢の人と、その間を時々すり抜けている猫達を見て帰ってきた。最寄りの駅は地下鉄の九段下だ。まだ早い時間なので、千鳥ヶ淵の方へ抜ける2番出口が、これから繰り出そうという人混みでごった返している。
階段の上がり口に出来た人の山を何とか解消したかったのだろう。駅員さんが繰り返しアナウンスをしていた言葉が「2番出口は大変込み合いますので、他の出口をご利用下さい。」ここまでは良い。次の言葉に腰が砕けそうになった。よっぽど必死だったのか、冷静になれない群集心理を笑ったものか「他の出口からでも、地上に出られますぅ!」・・・だって。
日本人にとって、桜はやはり特別らしい。「世の中に絶えて桜のなかりせば・・・」と詠んだ古人(いにしえびと)の洞察に頭が下がる。
失礼しちゃうわ!
その1
エージェント2社から立て続けに「通訳料の振り込みをしようとしたら、はじかれてしまったが、口座を変更したのか?」という問い合わせが入った。口座は変更していない。でもそのうち、絶対変えてやる。
今の口座は大統合をして持ち株会社を作ったが、行名そのものはまだ変わっていない銀行にある。○×銀行赤坂支店。支店名もそのままだ。しかし、この支店番号だけが変わってしまったために、オンライン・バンキングなどで支店番号を使って振り込みをしようとすると、存在しない口座と言うことになってしまって、はじかれてしまうのだ。こちらから各エージェントに連絡するしかない。こんなもの銀行サイドのシステム上で、何とか対応できそうなものなのに、開発予算をケチったに違いない。まったく、勝手に統合しておいて、客の手を煩わせるとは何事か!
その2
2001年のパスネットの導入で、首都圏の公共交通手段の使い勝手が格段に良くなった。通訳者のように毎日違う場所で仕事する者にとっては、こういうストアド・フェア・カードがとても便利なのだ。パスネット以前は、地下鉄から相互乗り入れしている私鉄に乗り継ぐ場合、地下鉄用のSFカードを持っていても、乗り継ぎ駅までの切符を買っておくようにしないと、降りた駅で精算が出来なかった。今はJR以外、その必要がない。
しかしそれでも、納得の出来ないことがある。関西にはパスネットに何年も先行して、複数の鉄道事業者の路線で共通に使える『スルッと関西』というカードが導入されている。こちらのシステムの実に優れた点は、カードの残額が160円以下でも改札を通って電車に乗れるところにある。降りた駅で精算すればよいのだ。パスネットの場合160円以下になると改札を通れないので、精算か切符を買うのに使うしかない。これが面倒だ。いつの間にかカード入れの中に、半端な残額のカードが3枚、4枚と増えていく。
数年前、ある関西の鉄道事業者の人が、国内外の同業者が集まった会議で、スルッと関西について発表をして「初乗り料金以下でも改札を通れるのが、利用者にとっての利便性を高めている」と断言していたのを私は(同時通訳したので)知っている。営団を初めとする首都圏の事業者の人たちも、みんな聞いていたじゃないの。あんなに良いお手本が何年も前から存在していたのに、どうして新しいシステムの方が不便なんだ?
その3
ようやく時間が出来たので、懸案のコンピュータOSのアップグレードをすることにした。念のためにオンライン・サイト上にフォルダーを作って、ドキュメントやら請求書やら、単語帳やら住所録やらのデータをバックアップする。さて、新しいOSを入れようか、と言う段になっていきなり躓いた。ディスクの空き容量が足りないのだ。700メガ以上必要だと言うのだが、そんな空き容量、最初から無かったんちゃうの?
仕方がないのでオンライン・ヘルプを開いて空き容量を増やすための、あらゆる手を打ってみる。要するにそこにあるファイルを別のディスクにコピーしては消すという作業だ。で、オンライン・ヘルプ曰く「プログラムに影響のあるファイルを消さないように気をつけろ。」そんなこと言われたってねぇ、こっちは素人なのよ。いったいどれが消してもいいファイルで、どれが消しちゃいけないファイルなのよ?その説明をしてくれないと、何の役にも立たないじゃないの。
本当にもう、失礼しちゃうわ!
同時多発テロ
2001年9月11日、アメリカ国内で起こった同時テロに世界が震撼した。ニューヨークにある世界貿易センターのツイン・ビルに、ハイジャックされた旅客機が、次々に突っ込んだのだ。ナイフで旅客機をハイジャックするという、あまりにもプリミティブな手口ゆえに、逆に防ぎようがなかった。
以前から海外出張に出かける度に、刃渡り6センチほどのスイスアーミーナイフが、何の問題もなくチェックポイントを通過してしまうのを見て、また、食事に金属のカトラリーが出てくるのを見るにつけ、死ぬ気になれば私でもハイジャックは出来る、と感じていたが、まさか本当に死ぬつもりのハイジャッカーが現れるとは思わなかった。死を恐れないテロ集団ほど、始末に負えないものはない。
色々な方面で様々な余波が生じているが、とりあえずその後の1週間で、私たち通訳者にどんな影響が出たか、歴史のごくごく僅かな一片を切り取るつもりでここに記しておこう。
前日の9月10日、東京で一緒に仕事をした通訳者が「明日からニューヨークなんだ」と言っていたことを思いだし、一瞬ぞっとする。しかし、タイミング的にはまだニューヨーク入りはしていないはずだ。とりあえず無事を問い合わせるメールを本人宛に送ってみる。普段出張にはPCを持参する人なのだが、その後数日返信がない。エージェントに問い合わせ、カルガリーで足止めをくっていたことを知る。不幸中の幸い。彼は15日の土曜日夕刻、無事帰国した。その直後のメールで「大変でしたがもっと大変なことになりかねませんでした。無事日本に帰国できたことを感謝しなくては」と、書いている。
火曜の夜の事件直後、緊急召集を受けて、一晩テレビ局で待機したという通訳者もいる。翌朝届いた彼女からのメール。発信時刻は朝7時頃。「たった今テレビ局から戻ってきたところです。この後また一日仕事があるのに…。でもどうしても行かなくてはいけないような使命感に駆られた。その割にほとんど待機で、疲れただけ。でも、こういうのを
End of Innocence ていうのかな、とても涙が出ました。」
放送通訳者は目の回るような忙しさだ。湾岸戦争の頃を彷彿とさせる。英日ばかりではない、日英でやっている番組も、原稿のほとんど入ってこない中継が時間枠の大半を占め、アナウンサーよりも同時通訳者の時間が何倍も長い。そんな中、衛星放送を定期的にやっている通訳者が、13日の深夜にメールを送ってきてくれた。「テロ事件発生以来、放送局との往復で睡眠の時間帯がめちゃくちゃになり、常に時差ぼけ状態に陥っています。」
翌14日には、こんなメールが届いた。「今夜アムステルダムから戻りました。アメリカの影響でイギリス行きの便が欠航だったりで騒然としていました。」ヨーロッパでも当然の事ながら、影響が出ていたわけだ。別の通訳者は「例のテロの数日前にはボストンにおり、テロの日にはドイツにおりまして、クライアントとともに急遽脱出してきました。空港は厳しいセキュリティーチェックで長蛇の列。とても異常な光景でした」と知らせてくれた。
仕事のキャンセルも相次いだ。私の金曜日の仕事も、アメリカ人の講演者が来られなくなり、全日の予定が半日になった。また、翌週はじめの仕事も、本人が来日できないため、急遽、ホテルの一室を衛星回線でつないで、テレビ会議方式でやることになったが、これは例外と言っていい。10月の第1週、インドで予定されていた世界医師会の総会は、会議そのものがキャンセルになった。その代わり本部のあるジュネーブ近くのフランスの町で、理事会が開かれることになったので、同じ時期海外に出るのは変わらない。
友人の一人もこう言っている。「10月の初めワシントンで武道セミナーの通訳をする予定でしたが、用心するに超したことはないので、セミナー自体を取りやめることになりました。それにアメリカ国民も、今後2,3ヶ月は、それどころではないでしょう。」また、ある女性通訳者は「ほんの3週間前、7年ぶりにNYを訪れ好景気を反映してますます繁栄する街並みを見てきたばかりなのでなおさらショックを感じています。本当に言葉もありません・・・」と、衝撃を隠さない。
こんな事を感じていた人もいる。「2ヶ月位前にロンドンに出張した時レバノン料理屋に行ったのですが、支払いにT/Cを使い、IDとしてパスポートを出し、ウエイターがその場で番号を控えるものと思いきや止める間もなく店の奥に持って行かれてしまい、『コピーされてテロにでも悪用されたらどーしよー』と冗談で言っていたのですが、あれは真面目にヤバいかもしれないと、今になって恐くなってます。」いつのまにかうっかりと、テロリストに荷担していることになってしまったら、確かにそれは恐ろしい。
今後も色々な形で影響が出てくるに違いない。しかし、ゲリラ戦を得意とするテロリスト達を攻撃することが、報復合戦につながって、それがこの地球を壊していくことだけは、起こって欲しくない。・・・最後になりましたが犠牲になった方々のご冥福を心からお祈りします。合掌
お客様のコメント
お客様も通訳者も人間なので、仕事をする際に一番大切なのは、両者の信頼関係だ。初めてのクライアントの元へ出向くときは、こちらも緊張するし、お客様もいったいどんな通訳者が来るものやら、不安に思っていらっしゃる。ビジネスや会議で初めて使う通訳者に、何の不安も持たずに全幅の信頼を寄せて下さるクライアントがいたとしたら、それは大変幸運なことに、それまでに使ったことのある通訳者が全員優秀で、会議通訳者と言えば全員そのレベルだと、思いこんで下さっているからだろう。
同時通訳の場合は会議場の一番後ろとか、あるいはその外とか、とにかく目に付かないところで声だけが聞こえる状態なので、通訳者は人と言うよりマシンみたいな無機質なものと思われる上に、オリジナルと両方いっぺんに耳に入ってくるので、通訳者の上手い下手や人柄を気にするクライアントはあまりいない。問題は逐次だ。自分たちと共に得意先やマスコミやパートナーの前で、自分たちサイドの声を代表してしまうのが、外部からその日のためにだけ雇われた通訳者なのだから、その人柄や能力に不安を感じるのは、当たり前のことだ。
しかし、一旦仕事ぶりを見ていただけばクライアントの不安は解消する。ほっとしたお客様は、休憩時間や業務の後で、ねぎらったり褒めたりしてくださるが、実はその後に続く言葉で、通訳者にとっての
DON'TS(通訳者が何をしてはいけないか) が分かる。
スピーカー本人の言葉で一番多いのが、「この前の通訳者は何を言っているのかと思うくらい長くて・・・」というものだ。このコメントはある意味、通訳者にとってフェアではない。逐次通訳の場合、スピーカー本人は、自分が話している長さを、実際以上に短く感じ、通訳部分を実際以上に長く感じるものだからだ。しかしこのコメントは同時に、通訳者がただひたすら丁寧に一言一句学術文書の翻訳のごとく正確に訳せば、顧客満足が得られるというわけではないことも、教えてくれる。意味もなくたらたらやっていては、スピーカーもオーディエンスもイライラするのだ。
通訳を長く感じさせないためには、まとまりの良さを追求するのが一番だが、それ以外のコツは、スピーカーが訳出を待つためにポーズを置いたら、間髪入れずに訳し出すことと、途中で止まらず最後まで、リズムに乗って訳しきることだ。少しでも口ごもったり、え〜とかあ〜とか、外国人にも明らかに意味のある単語ではない音がたくさん混ざると、そのたびに信頼性のゲージが少しずつ下がっていく。
「通訳さんによっては禁断の、沈黙の3秒間なんていうのが、あったりしますからね」と言うのも、実は3秒間も沈黙したわけでは、決してないと思う。ただ、訳し出しに1秒以上かかったり、途中で1.5秒ほど立ち往生してしまったりすると、はらはらして聞いているお客様のお耳には、それが3秒にも5秒にも聞こえてしまうということだ。
ワン・オン・ワンと呼ばれる、1対1のプレスインタビューの後で、日本側の広報担当の方から、面白いコメントをいただいた。「話者と同じテンションでやってくれて良かったです」と言うものだ。考えてみると、私は、逐次通訳をしている時も、スピーカーがハイパーならば明るく元気良く、物静かな方の場合はおとなしく、話し方も合わせてしまう傾向がある。この日のインタビューの受け手は、とても静かな語り口の技術者だった。
なるほど、そういう見方もあるのか、と思っていると、広報担当の女性が続けた。「この前来て下さった方は、とても元気が良くって・・・。本人はあの通り静かなものですから、彼がこしょこしょこしょっと話したのを、通訳さんがわーっと訳されると、どっちがスピーカーなのか分からない状態になってしまって・・・。」その様子を想像して、思わず吹き出してしまったが、なるほど、通訳はやはり、その場の雰囲気を壊さないようなバランス感覚を備えたいものだと、あらためて思った。
仕事服
確定申告の時期が来る度に、これが経費で落ちてくれたらどんなに嬉しいか、と思うものに、仕事用のスーツがある。「仕事でなくったって裸で外に出るわけはないでしょう」と税務官さんはおっしゃる。そりゃそうだが、しかし、仕事用のスーツはやはりプライベートで着るものとは(少なくとも私の場合は)少々違う気がする。仕事のためでなかったら、これは買わなかっただろうと思うスーツがワードローブの大半を占める。仕事用は仕事用なのだ。でも、これは逆立ちしても、経費扱いにはならない。(さっきの税務官の目の前で、逆立ちして見せたわけではない。)
通訳者のスーツが経費として認められる例としては、アパレル系の仕事でデザイナー・ブランドのエグゼクティブに付くために、どうしてもそのブランドのスーツを身につけなくてはいけない場合があるという。残念ながら、私は仕事のためにブランドのスーツや小物を買わなくてはいけない、なんて、羨ましい経験をしたことはない。グッチもジバンシーも、そんな美味しい要求はしてこなかった。
出張の多い通訳者仲間の間では、イッセイ・ミヤケのプリーツ・プリーズ(だったっけ?)に人気があるが、出張先で通訳者が同じ格好をしていたら制服みたいで可笑しいだろうと思うので、私は着ない。プリーツやしわ加工物は確かに小さくまとめられるし、しわを気にしなくて良いので便利だから、私も何着か持っているが、私のはいずれもいわゆるブランドものではない。基本的にあんまりブランドに興味がないので、たぶん今持っているブランドのスーツと言えば、ミュグレーと、ライセンス生産のカルダンがそれぞれ1着づつくらいのものだ。
ちなみにこういう仕事をしていると、続き物でもない限り、毎日お目にかかるお客様やパートナーの通訳者が異なるので、場合によっては3日間続けて同じスーツを着ても、誰にも分からない。・・・私がそんなことをしているという意味ではない・・・(少し小声になっている)。
悲しき同通ブース
同時通訳者を閉じこめるブースには、大きく分けて、常設と仮設の2種類がある。常設というのは、その会場に作りつけになっている小部屋で、仮設というのは常設ブースのない部屋に持ち込んで組み立てる小部屋だ。で、一般的に言って、通訳者に評判が良いのは、圧倒的に仮設ブースである。何故か?常設ブースにひどいのが多すぎるからだ。
ホテルの場合はたいてい、厨房とか椅子置き場とか、宿泊客や宴会客には絶対に見せない裏側の狭い通路を、何度となく曲がったり階段を上ったりしながら、ようやくたどり着く。方向感覚に自信のない通訳者は「ここで火災が起こったら、私は絶対に焼け死ぬ」と、毎回覚悟を決めるそうだ。
しかし、まあ、ホテルにとっては同通ブースなんて本当に副次的なものだから、それでも仕方がないと、通訳者はあきらめる。問題はいわゆる「国際会議場」の常設ブースだ。国際会議場と銘打つ限り、国際会議を執り行うための会場なのだから、同通ブースは決して副次的なものではないはずなのに、「いったいこれは何なの!」と叫び出したくなるものが如何に多いことか!
いわゆる箱もの行政の一環で、一時期ブームのように地方に国際会議場が次々に作られたことがある。多くの場合、えらそうな建物を造ることが目的なので、それを実際に使うときのことは考えられていない。それが一番如実に現れるのが、同通ブースだ。賭けてもいい。設計者は「同時通訳ブースを5つ」という注文を受けて、それがいったいどういう使い方をされるか何て言うことは一切考慮せず、適当にスペースを割り当ててそれで自分の仕事が済んだと思っている。それで自分の経歴には、どこそこの国際会場を設計した、とか自慢げに書くのだろうから、いい気なものだ。
おそらくどこぞの出来の悪い会議場を雛形にしているのだろうが、一般的な傾向として見られるのが、正面のスライドなどを投影するスクリーンに対して、直角の壁にブースを並べるという、頭の悪い配置だ。おまけに同通ブースはそのスクリーンから一階分高いところから見下ろす形に置かれているので、さらに悪い。角度がつきすぎて、通訳者には、投影されているスライドが読めないのである。
しかし、ここまでは、あまりにもしょっちゅう出くわす状況なので、通訳者としても「あぁ、またなのね」と、設計者の不明をふふん、と鼻で笑ってあきらめる。スピーカーを探して手元の資料と本番のスライドとの整合性をはかるなど、次善の策を取るのだ。ところが、中には、開いた口がふさがらないような、驚くべきブースも存在する。
東北地方のある会議場のブースは、通訳者席の前半分がが一つ一つ、LL教室のように板で仕切られている。パートナーからメモをまわしてもらうこともままならず(サポートが欲しいときは、後ろからつつくしかない)、交代のタイミングを計るのも実にやっかいだ(やっぱり後ろからつつくしかない)。
近畿地方のある国際会議場のブースは、テーブルがやたら高くて狭い。その狭い(奥行き45センチくらい)ところに、日本国内で見る中では最大級の装置(縦20センチ横45センチ奥行き40センチくらい)とマイク2本がで〜んと置かれているので、通訳者が資料を広げたり、メモを取ったりする場所がほとんど無い。高いテーブルにあわせるように、高い椅子が用意されていて、そこに腰掛けるとほとんどバーの止まり木状態になる。その椅子がまた、くるくる良く回るものだから、通訳者は通訳中、両手をテーブルについて体を支えなくてはならない。ちょっとでもバランスを崩すと、右へ、左へ、くるくるくるくる・・・。通訳どころではなくなる。
地方ばかりではない。何と言っても通訳者にめちゃくちゃ評判が悪いのが、表参道にある国連大学の国際会議場だ。ここのブースは出窓をテーブルにして同通装置を置いてあるので、その前に座った通訳者が足を入れる場所が無いのである。はっきり言って、これではテーブルの役に立たない。装置を置くためのスペースとしてしか、設計者が考えていなかったのが明らかだ。おまけにここのブースの前に張られたガラスが、妙な偏光ガラスで、それでなくても角度の悪いスクリーンに映されたスライドが全く読めないときている。ここで仕事をする度に、私は設計者の首を締めてやりたいと思う。
バブルがはじけて、きっとそんな需要も少なくなっているとは思いますが、会議場を設計する建築士、設計士の皆さま。お願いですから、同時通訳ブースの設計に当たっては、使う私たちにその使い方を聞いて下さい。自分で分からないことは、分かる人に尋ねるのが、本当のプロです。
変なクレーム
ある女性通訳者にクライアントからクレームがついた。その通訳に関してではない。罪状は「うちの大事な
VIP に抱きついてキスした」と言うものである。賭けてもいいが、この女性通訳者が自分から抱きついてキスしたというのはあり得ない。このVIPがご挨拶に顔を寄せてきたから、応じたまでのことだ。欧米人の中には普通の挨拶に、抱き合ったりキスしたりする人たちがいるものなのだ。これを通訳者が「あーれー、いけませんわ」なんて大騒ぎしたら、この大事なVIPは、さぞや傷ついたことだろう。
とあるお役人が、とある会議場で行われたとある会議に、パネリストとして参加した。通訳者の手元に届いたのは「このシンポジウムのために作ったものではないので参照のみ」と汚い字で但し書きの付いたスライドのハードコピーのみ。当日も最終版は出ない。
この会議場は常設通訳ブースに変なガラスがはめこんであって、妙な屈折をするものだから、会場でスライドが投影されるスクリーンが全く読めない。そこでこの日もどのスライドを出して説明しているものやら皆目分からないのだが、それに加えてこのお役人、その説明には全く言葉が足りず、どうやら重要な情報はスライドに書かれているのでそれを読め、というスタンスらしく、なんとも中途半端で要領を得ない。スライドが英語なら日本人に通じなかっただろうし、日本語なら外国人に通じなかったことだろう。何を言いたいものやらはなはだ分かりにくいのは、ひょっとして私と波長があまりにも違いすぎるせいかもしれないと思い、隣の同僚に向かって、大きく首をかしげて見せたら、彼女も絶望的な表情で肩をすくめて見せたので、誰が聞いても分からなかったものらしい。
話し方に妙なポーズが多いので、通訳を聞きながら話しているのだと思っていたら、やっぱりそうだった。「政府としては予算が限られるので税制のような間接的なツールを使う」と言うから、”The
budgetary constraints requires the government
to leverage indirect tools, such as taxation,
instead of putting direct money...” とやったら、「いや、putting
direct money じゃなくて予算が無いから・・・」と言い出した。
だから、そう言ってあげてるんじゃないのよ。出来ないくせに意地悪なことをするものではない。通訳を聞いている余裕があるんだったら、もっと分かりやすい話し方に心をくだくべきだ。ちなみに、このセッションの座長は、それまでのパネリストの冒頭発言は、丁寧にポイントを取り上げまとめていたが、この役人の発言が終わったとたん、「それでは次に・・・」とマッハのスピードで他のパネリストに移って行ってしまった。
切り捨て御免
「半日のセミナー、3人のスピーカーの英日の講演と質疑応答の逐次通訳」という仕事を受けた。通訳者一人で対応、と言うので、日本人の講演が間に挟まるのだろうと勝手に思いこんでいたら、違った。会場について壁に貼られたスケジュールを見たら、30分、90分、90分の講演、プラス30分の質疑応答まで4時間びっしりで、休憩時間もない。私は即座にクライアントの担当者に「これは無理です」と宣言した。
ここの仕事の内容は、半導体の性能測定に関わる話で、恐ろしくテクニカルなのだ。集中力がとぎれて、リテンションが効かなくなったら、もうアウトだ。担当者は物わかりよく、スケジュールを変更して20分の休憩を挟むことに同意してくれた。時間的に見ても一人で出来る分量ではないが、今からもう一人の通訳者を手配するのは不可能だ。何とか自衛手段を取らなくてはならない。つまり何かを切り捨てなくてはならない。私は無言でプライオリティ付けにかかる。
これは限りある頭脳のリソースをどう振り分けるかの問題だ。聴解からデリバリーまで、一瞬のうちに行われる複数段階に及ぶ全ての作業(『通訳入門講座中級編』参照)にリソースが必要だ。スピーカーは3人。一人目30分を担当するのがかろうじて英語のネイティブ・スピーカー。90分づつの二人はノン・ネイティブのうえ、一人は早口に加えてまとまりが悪い。これでさらに、聴解の段階でかかる負荷が大きくなる。
スピーカーをさえぎって短く区切ってもらい、リテンションにかかるリソースを省くのは、割と一般的な手段だ。しかし私は、これはやらずに済むなら済ませたい。通訳者がこれをやると、スピーカーも落ち着かないし、オーディエンスもはらはらする。一種、美意識の問題でもある。もう一つ、訳出のまとまりの良さも、ものすごくリソースを食う作業だが、やはり美意識から私には捨てられない。
それでは私は何を省いたか。まずスピードのコントロールだ。普段はオーディエンスにとって聞き易い、気持ちの良い速度を心がけるが、実はオリジナル・スピーカーのスピードに乗るのが、訳す側としては一番楽なのだ。早口のスピーカーと同じ早口でまくし立てる。私はアーティキュレーションがとても良いので、かなり早口になっても音が流れることはない。ファンカーゴのコマーシャルとまでは行かないが、かなりの速さまで、きちんと言葉として認識できる音を発することが出来る。
もう一つ省いたのが発声のコントロール。スピードも含めて、オーディエンスにとって気持ち良く聞けるメリハリのあるデリバリーが私の持ち味なのだが、とりあえずこの日は、内容の精度と最後まで持たせることを優先的に考えて、それを捨てることにしたのだった。結果として最初からかなり「テンション」の低いデリバリーになってしまった。オーディエンスには「この通訳、疲れてるのかな」もしくは「機嫌悪いな」と、思われたことだろう(確かに機嫌は悪かった)。それを考えると忸怩たる思いだが、私はこの日、意図的に聞きやすさを犠牲にしたのである。
結局30分ほど延長になったが、かろうじて質疑応答が終わるまで、ふらふらになりながらも、それほど内容のレベルを落とさずに持ちこたえた私は本当にえらかった。思うにこれはマラソンのペース配分みたいなものだ。最初から飛び出して途中で棄権というわけには行かない。訳出の質に時間という次元を加えて、一定のペースで最後まで走り続けることが出来て、初めて意味がある。
ちなみにこの日の通訳料金は、最初は半日分プラス延長料金の予定だったが、結局拘束時間が6時間を超えたので、全日分プラスものすごく負荷が大きかった分を2割増しで請求することで話がついた。
パンダとイリオモテヤマネコ
私の教えている通訳学校では、年に2回、生徒募集の時期に公開講座を開いていて、私も人寄せパンダをやらせていただくことが多いのだが、1時間の講座でカバーできることは決して多くはないので、大体シャドゥイングとリプロダクションに焦点を当てて紹介していく。コミュニケーションは理解から始まるという、このサイトの『入門講座』でおなじみの話をするわけだが、このあいだはその点について質問が出た。
「知り合いの同時通訳者が、同時通訳というのは機械的な作業で、自動的に何も考えず言葉を置き換えていく作業だと言うのですが、そうなのですか?」可能性としては二つある。この同時通訳者が言っていたのが、内容がテクニカルで完全に理解を超える内容のもののことだったのか、もしくはこの同時通訳者の通訳という仕事に対するアプローチが間違っているかの、どちらかだ。
テクニカルすぎてわけのわからない内容も確かに存在する。この間はメインフレーム・システムからオープン・システムへのシステム・コンバージョンの自動化の話で、「このレポジトリーにはオブジェクト指向のパーサーが格納されている」とか、アセンブリ言語からコボルへの自動変換にあたって「コピーブックにデータとプロシージャ両方が入っている」とか言われて、私には何のことやらさっぱり分からなかった。しかし私の訳出を聞いたお客様達には、何の問題もなく分かったらしい。そういう世界もあるのだ。
しかしだからといって通訳者が理解という作業を完全に放棄してしまったら、人間が通訳を行う価値が半減どころか100分の1くらいになってしまう。通訳者を表す英語が
translator ではなく interpreter であるのはだてではない。解釈が介在するから通訳者なのである。理解することがまず第一、イメージをつかむのが下手で表面のみ訳そうとすると、聞いている人にとって分かりにくい通訳になる。ちなみに残念なことだが、そういう通訳者も存在する。
あるレセプションの会場で参加者の女性から話し掛けられた。「知り合いの同時通訳者が、通訳というのは他の知的作業とは完全に切り離された作業なので、同時通訳をしながら他の文章を書いたり、編物をしたりできるって言っていました」とおっしゃる。
通訳とは言語という知的作業の根本部分に関わる作業なので、文章を書くという他の知的作業と切り離すことができるとは考えにくい。自動的な置き換えが可能な言語同士なら、分離することもできるかもしれないが、そうするとおそらくは理解がおざなりになる。そして、理解不在の訳出はおそらく恐ろしく分かりにくいと思われる。
リレー通訳というのがある。複数の言語が用いられる会議において、例えばオリジナルの発言がフランス語でなされた場合、日本語への通訳を直接フランス語から行うのではなく、フランス語から英語へ訳されたものを、さらに日本語へ訳すような場合だ。全ての言語が英語に訳されることを前提とするので、この場合は「英語をキィ言語にする」というような言い方をする。日本で行われる会議では日本語がキィ言語になる場合が多い。
海外(特にヨーロッパ)の通訳者達は、複数の言語を操るので、例えばスペイン語の通訳者が英語もフランス語もイタリア語も直接聞いてスペイン語に訳していくことが多い。また、スペイン語もフランス語も、同じ通訳者が英語に訳出する。日本人にも複数言語に対応できる通訳者がいるにはいるが、大多数は私のように2カ国語のみである。当然、多国語が用いられる会議では、英語への通訳に大いに依存することになる。
毎年2回くらいづつお仕事をいただくある会議が、英語に加えて、フランス語、スペイン語、ドイツ語、日本語の多国語モードなのだが、会議の参加者は毎回同じなのに、英語への通訳者によって、その発言内容がなんの苦もなく分かったり、最後まで雲をつかむようで、さっぱり分からなかったりしたりする。私は、これは明らかに、英語への通訳者のアプローチの違いだと信じている。自分が理解することを放棄して、表面だけの訳出で良しとすると、それを聞く側がその意味するところをはかるために、脳味噌をふりしぼらなくてはならなくなるのだ。私は、そんな通訳はしたくない。
ヨーロッパには現実に編物通訳者が存在するらしいが、基本的に編物は知的作業とは言いがたい。中国語の通訳者で新聞を読みながら同時通訳をする人がいるといううわさ聞いたことがあるが、そんなことができる通訳者はパンダ以上に希少だろう。日本語でそれができる人がいるとしたら、その希少性はイリオモテヤマネコを上回るに違いない。
成功と失敗を分けるもの
外資系の企業の中には、時間を守れないところがある。ミーティングに遅れて通訳者をはらはらさせるばかりではない。プロジェクトの期日にも平気で間に合わなかったりするから恐ろしい。某外資の大手企業が、日本の通信事業の大手にシステムを納める契約をとりつけた。ところが期間はかなり短い。毎週定例の電話会議による打ち合わせが行われ、進捗が遅いことに日本側の懸念が時間と共に深まって行く。
ところがこの外資、ほんの少しでも効率を上げることなら全てやらなきゃいけないはずなのに、まるでのんきなのである。かなり複雑な内容であるのだが、再三お願いしているにもかかわらず、通訳者に対して事前の資料を全く出さない。当日その場でテクニカルタームが山ほどある報告書を渡されて、さあ、訳せ、と言われたって、こちらの能力にも限界がある。せめて前日に渡しておいてくれれば、少なくともそこに書かれた用語に関しては、すぐに反応して間違いなく訳出できるくらいの準備が出来るのに。聞いたこともない言葉を電話会議の音の悪いスピーカーで聞かされたら、どんなに優秀な通訳者だって100%聞き取って訳出するのははっきり言って無理だ。仕事の性質上、少しでも間違いがあってはまずいので、当然聞き直す回数が多くなり、会議の参加者もイライラするが、実は一番イライラしているのは通訳者だ。
ある時、定例会議の後、アメリカ人のプロジェクト・マネージャーに、先週の日付の資料を通訳に事前に渡さなかったことに苦情を言うと「そんなの僕ももらってない」とか言う。ふざけるんじゃないよ、と私は切れそうになる。その日付に資料が出ることは2週間前の会議で確認済みであることを、通訳者の私だって覚えているのだ。なんで自分から探さないの?「分かった、分かった。今はまだ効率を上げるための試行錯誤の段階だから。プロジェクトも始まったばかりだし・・・。」
開いた口がふさがらないというのは、こういうのを言うのだろう。確かにプロジェクトは始まったばかりかもしれない。でも全体が3ヶ月しかないプロジェクトで1ヶ月半経過したら、残された期間は1ヶ月半しかないことがどうして分からないのか。試行錯誤してる間に締め切りが過ぎてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。普通、通訳者は、クライアント企業のプロジェクトの進め方について、口を出したりはしない。私もこの時まで、そんなことはしたことがなかった。しかしその時、彼らに欠けている危機感全部が一挙に押し寄せてきて、私にこう言わせた。
「私はプロジェクト管理の専門家ではないけれど、少しでも効率アップにつながることは、全てやらなくちゃ、間に合わないんじゃないですか?」大きなお世話としか、聞こえなかったのだろう。「だから分かったってば。」でっぷりと太ったアメリカ人はうるさそうに答え、私はもう二度と、この成功する要素が何もないプロジェクトには関わるまいと、決意を固めた。
1ヶ月半後、思った通り、この外資は日本の顧客が期待していた成果を上げることが出来ず、平たく言えばこのプロジェクトは失敗した。どうして私がそんなことを知っているのかって?あの時の決意通り、私はその後、再三頼まれた定例会議の通訳を、全て断り続けていたが、最後の最後に、あのプロジェクト・マネージャーの上司が先方のトップに謝りに出かけた時だけは、同情2割好奇心8割くらいで、その通訳を引き受けたからである。
通訳者に対して十分な情報が提供されるかどうかは、プロジェクトのほんの僅かな一面に過ぎないが、その小さな一面が、プロジェクトに対する企業の取り組みの姿勢を、鏡のように映しだしていることが、実は決して少なくない。また通訳者は、日々の仕事の中で業界のベスト・プラクティスや、逆のワースト・プラクティスを目の当たりにしてきている。もちろんよそで見てきたこと聞いてきたことを具体的に口にすることは決してないが、そんな通訳者が、自分の仕事の境界線を超えて「これはやばいんじゃないですか?」と言うときは、決して何の根拠もなく言っているわけではないと、考えていただけるとありがたい
ロイヤルボックス
お客様の中には、会議通訳という仕事にとても興味を示して下さる方がいて、時々質問責めに合うことがある。「どうして聞くのと話すのが同時に出来るの?」(訓練のたまもの)「どうしてそんなに覚えていられるの?」(訳し終えた分から忘れていくから)「どうしてこの業界についてそんなに詳しいの?」(嫌になるほど仕事で聞かされてるの)「月に何日くらい働くの?」(たぶんあなたと同じくらい)「どこかに勤めているの?」(フリーランスは登録はするけど就職はしないの)「仕事がない日は何をしてるの?」(それってナンパ?)
一応この職業についての理解を広めたい身としては、出来るだけ丁寧にお答えすることにしている。ある時若いアメリカ人から「今まで通訳をしたことのある有名人は誰か」と聞かれて、ジョン・メージャー(当時)イギリス首相、ブトロス・ガリ元国連事務総長、ネルソン・マンデラ(当時)南アフリカ大統領、歴代駐日アメリカ大使、その他アメリカの大手企業のトップや日本を含め各国の首相や大臣をあげた後、「あ、あと、マイケル・ジャクソン」と付け加えたら、「えぇ〜〜っっ!!」大声を上げられた。「なんでマイケル・ジャクソンが最後なんだよ?」
なんでと言われても、会議通訳者としてはたまたまマイケル・ジャクソンの通訳をしたからと言って、別に箔がつくわけではないし、難しい話とか、重要な内容でもなかったし・・・。(だから日本サイドのプロモーターも「ビッグネームと仕事をさせてやるんだから」とか言いながら、通訳料を値切ろうなんてせこい真似をしてはいけない。)
会議通訳とは基本的にはなんの派手なところもない、裏方の仕事だ。国内外の要人のそばにひっそりと影のように控えていることはあっても、自分にもスポットライトが当たることなどまず無い。逆に当てられちゃ困る、目立っちゃまずい、目立ちたくないのが私たちなのだ。
それなのに否応なくスポットライトを浴びさせられることもある。それは、横浜アリーナのロイヤル・ボックスに作られた、特設の演台で、あるアメリカ企業のCEOが日本でその企業の製品を販売する人たちを前に行ったスピーチを、そのすぐ横に並べられた演台の前で、逐次通訳したときのことだった。
こういうスタジアムのロイヤルボックスに入ったのは、1985年の神戸ユニバーシアードで、当時の皇太子殿下と妃殿下(つまり今の天皇皇后両陛下)の後ろに、念のために控えて以来だ。もちろんその時はおとなしく座っていただけ。だからまさかあんなんだとは、夢にも思わなかったのだ!
CEOの声は、音声エンジニアさんが気をきかせて、イヤフォンを用意してくれたので問題なく聞き取れた。問題は自分の訳出の声。「日本の皆様と再びこうしてお目にかかれるのは・・・」訳し始めてぎょっとした。「日本の皆様とふ・・・」くらいのところで大音響の自分の声が「日本の・・・」とかぶさってきたのだ。まるで10人くらいに大声でシャドゥイングされているみたいで、自分の声が全く聞こえない。おまけに遅れて入ってくるので、自然なポーズを置くことが出来ない。一つ一つの単語がきちんと発音できているのかも良く分からない。分かるのは数秒遅れてスピーカーに乗った自分の声が返ってきた時だ。しかしその時はもうすでに次のセンテンスに入っているので、返ってこられるのは逆にものすごく邪魔なのだ。
これはマジにやばい、と思った。書かれた原稿を読むだけならばこれほどの苦労はないのだろうが、なにせ訳す方に頭の処理能力の7割ほどが取られている。数秒遅れて入ってくる大音響の自分の声を聞かないようにするにも、膨大な処理能力が必要であることを、私は始めて知った。
冗談でなく、本当に両膝が小刻みにふるえた。しかし「さすがにプロだ」と思わず自分を褒めてしまったのは、それが声には全く出ていなかったことだ。10数分のスピーチが終わった頃には、いつの間にか膝のふるえは止まっていた。何事も経験、逆に経験しないと分からないこともある。スタジアムのロイヤルボックスからの通訳は、もう二度としないぞ!
「AかBか」と言う時のAとBの関係
北海道は交通事故死が多い。道路が広くてまっすぐで、ついついスピードを出してしまうので、事故になるとダメージが大きいのだ。そこで、道内あちこちの道路脇に、こんな標語が掲示されている。「スピードか死か!」まるでAを取るかBを取るかの選択肢みたいな言い方だが、実は違う。Aを取ると、Bもついてくると言う関係だ。つまり「そんなにスピードを出したいのか、死にたいのか」というだめ押しである。文としては変だ。運転中にそんなこと考え始めたら、かえって危ないだろうと思うのは、私くらいなのかしら?
私も配偶者も休日は昼まっからお風呂にはいるのが好きだ。午後の3時頃、ちょっと疲れたのでコーヒーをいれた。配偶者に「コーヒーが入ったけど」と話しかけたとたん、ピピッピピッピピと、風呂が沸いたことを知らせる電子音が鳴った。「うーん」と、配偶者が迷っている。「コーヒーを飲んでから風呂にはいるか、風呂に入る前にコーヒーを飲むか・・・。」私は間髪入れずに笑い出した。言った本人は気づいていない。通訳なんていうのを生業にしていると、こういう文章の言葉やロジックに妙に敏感になる。
ある人と、戯れに賭をした。「私が勝ったらあなたが私のお願いを聞いてくれる、あなたが勝ったら私があなたにお願いを聞いてもらう。どう?」相手は何気なく「オーケー」と答えたが、しばらくして「ちょっと待て!」と大声を上げた。「今のもういっぺん言ってみて。」「気が付いちゃった?」「当たり前だ。」もう少し酔っぱらわせてからにするんだった。
日本の中の外国語
空調関係の機器を作ったり輸入したりしている会社を一代で築いた社長の息子が、しばらく仙台支社で仕事をすることになった。子供の頃はスイスでインターナショナル・スクールに通い、大学はアメリカで卒業、ほとんどあちらで就職しかけたという完全なバイリンガルだ。しかし残念ながら、東北各地の方言は、守備範囲に入っていない。
ある日電話が鳴った。何気なく電話を取った彼の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。「おまえんとこのヒーターな、ミズモレ!」この会社でライセンス生産しているヒーターは、温水を通すタイプなので、水漏れなんて起こしたら、大変なことなのだ。すぐに技術者を連れて駆けつけなければならない。電話を手に中腰になりながら、彼は尋ねた。「ど、どこの、現場ですか?!」
ところが、返ってきた答に彼は首をひねった。そんな名前の納入先に、覚えはなかったのだ。おそるおそる尋ねてみる。「それは、うちのヒーターが入った現場では、ないはずですが・・・?」「んだ。だから、入れてやれるかもしれねぇがら、ミズモレって言ってんだべ。」「???・・・!!あっ!はい!分かりました。それでは現場の詳しい住所と、規模を・・・。」電話の主は「水漏れ」ではなく「見積もれ」と言っていた事に、彼はこの段階で気づいたのだった。
こんなのはまだ序の口である。それほど大きな会社ではないので、仙台支社で東北地方のかなりの部分をカバーする。普段は現地採用の、地元の言葉を操ることの出来る同僚に、言葉の面ではいろいろと助けてもらっていた。つまりこの同僚も、別の意味でのバイリンガル、もしくはマルチリンガルであったということだ。ある時この頼もしい身方が、外回りに出ているときに電話が鳴った。
どうやらオーダーらしいことだけは分かった。しかし、分かったのはそこまで。オーダーの中身が、さっぱり聞き取れない。はっきり言って、相手が日本語を話しているのかどうかさえ、判別できない。しかし、相手は客だ。あまり何度も聞き返しては、機嫌を損ねてしまう・・・。彼は腹をくくった。
「はい・・・、はい。・・・えぇ。なるほど。・・・はぁ、そうですか。・・・はい、分かりました!」本当はちっとも分かっていなかったが、適当に相づちを打って相手が終わるのを待ったあげく、彼は好感度120%の声と口調で電話の相手にこう言ったのだ。「はい、承知いたしました。で、恐れ入りますが、間違いがあっては御社にもご迷惑をかけてしまいますので、今の内容を念のため、ファクスでお送りいただけますか?こちらの番号は・・・。」
中途半端な人々
英語のある程度分かる日本人が増えてきた。しかし中途半端は通訳者の頭痛の種になる。7月くらいに行われたミーティングで、日本サイドが「今年の3月」と言うので
"last March" と訳したら、「いや、通訳さん、去年ではなく今年です」と訂正を入れた日本人がいたそうだ。last
は「この前の」という意味なので、7月段階での
"last March" は今年の3月のことなのに。
「早起きは三文の得」と言うから、定石通り
"An early bird catches a worm."
と訳したところ、「わしは鳥なんていっとらん」と、文句をつけた人もいるらしい。私も、遊びのテニスで3ゲーム先取で勝ちにしようと言うから、"the
best of 5 games" と宣言して、「いや、5ゲームじゃなくて、3ゲーム」と、訂正されたことがある。その時は面倒くさくてしなかった説明をここであえてすると、3ゲーム先取と言うことは、最大で5ゲーム、プレーをすることになるので、英語では
"the best of 5 games" と言うのである。
しばらく前の話になるが、日本でもPL法施行間近でアメリカから弁護士がやってきてはセミナーを開いたり、日本企業の相談に乗ったりということを、頻繁に行っていた時期がある。ある時そんなセミナーで同時通訳をした。
講演が終わり聴衆の中から1人の日本人が立って、日本語で質問を始めた。「講演の中で掃除機について触れていたが・・・」通訳者の頭の中はこの瞬間クエスチョンマークでいっぱいになった。掃除機の話なんか、一つもなかったのだ。でも仕方がないからそのまま訳す。講演者も混乱している。掃除機の話なんか、一つもしなかったのだ。
講演者は「掃除機の話をした覚えがないが、掃除機に当てはめるとすると・・・」と、無理矢理こじつけて答えていた。後で気づいたことだが、どうやらこの質問者は講演を英語のままで聞いていて、講演者が使った
"cleaner" (掃除人)という言葉を勝手に掃除機と解釈してしまったらしい。オリジナルを聞いていて後から質問が出来るほど自分の英語に自信があるなら、英語で質問して欲しい。そうじゃないと、講演者に、通訳者が無能なのだと思われてしまう。実に迷惑だ。
原子力安全利用に関するシンポジウムでも、アメリカ人のスピーカーが合衆国の「対イラン」政策に言及したのに、会場のおばさんが質問に立ち、あろう事か日本語で「対イラク政策について触れていたが・・・」とか言い出す。やめてくれ〜!通訳者はそう言われたらそう訳すしかない。講演者が、自分の講演を通訳者が訳し間違えたと思ったら、どうしてくれるんだ。!
この他、スピーカーがちゃんと説明したことを取り上げて「あんたはここを説明しなかったが・・・」とか、言い出す人もいる。中途半端な人たちは、中途半端な聴解力に、何故か揺らぎ無い自信を持っている。通訳者にとってはどうしようもないことだけに、大きな脅威である。
自分を褒めてあげたいと思った瞬間(1)
通訳の現場は短期決戦型の一発勝負だ。この言葉をどう訳そうか、と、延々考えている暇はない。だから、仕事が終わった後で、「あぁ、あれはこう訳せば良かった」と後悔することが少なくない。でも時々、「これは上出来!」と思う訳が出ることもある。いつか「言葉売ります」で書いた「わくわく」なんかがそうだったし、他にもいくつか印象深いのがある。
晩餐会の席で、アメリカ人が隣に座った日本人のご婦人と、家族の話を始めた。4歳だというお孫さんの写真を見せる。ご婦人がコメントした。「まあ、お歳よりも大きく見えるわね。」非常に簡単な英作文だ。"She
looks older than she is." アメリカ人が答えた。"She
IS older than she is." これを「実際の歳よりも上です」なんて訳したら、なんの事やら分からない。私の訳は「ええ、おませさんなんです。」
晩餐会終了後、さっきのご婦人が私を追いかけてきて言った。「ねぇ、『おませさん』って英語で何て言うの?」残念ながらこちらには、とっさに気の利いた言葉が出なかった。
自分を褒めてあげたいと思った瞬間(2)
ある外資系の会社のSVP(シニア・バイス・プレジデント)は、定期的に来日しては、精力的に得意先回りをしていた。ある得意先はいつも英語を話せる人ばかりをそろえてくる。通訳そのものの必要はないわけだが、それでも同行を求められる通訳者には、ある重要な役割がある。それは笑うタイミングを教えてあげるという役目だ。ビジネスの話は英語でできても、普通の会話のニュアンスがつかめないと言う人は意外と多い。そこで、外国人の話にいち早く反応し、さりげなく「くすり」と笑ってあげると、日本人サイドも「ここは笑っても良いところなんだ」と、安心して「わっはっは」と笑ってくれる。
ある時、今日もそういう役回りかな、と思って現地に到着したら、日本側にいつもはいない新しい役員のおじさまがいらっしゃって、こちらは英語がお出来にならないと言う。他の皆様はいつもの通り英語の世界に入ってしまわれるので、その会話をこのおじさまのために日本語にウィスパリング通訳することになった。
この外資は日本社の社屋を新しく建築することになっていた。それが話題にならないわけがない。日本の土地は高い、場所の選定に苦労した、ゼネコンの○○と△△がJVを組んで、総工費はいくらいくらで・・・。当たり障りのない話とはいえ、結構サービス精神旺盛なこのSVP、所々に妙な表現を取り混ぜては、得意先の面々の笑いを誘おうとするのだが、どうも今日は調子が出ない。いつもこっそり「笑いどころ」キューを出している通訳者が、今日は本業に忙しくて、それどころではないからだ。
何となく物足りなく感じたのだろう。他の得意先ではしなかった内輪話を始めた。新社屋建築にあたり社内にプロジェクトチームを発足させたのだが、チームの外からも、口を挟みたくてしょうがない役員や管理職が後を絶たず、うるさくてしょうがない。"You
know, when it comes to building a building,
everyone turns out to be an expert and gives
his expert opinion. As a result, the project
gets nowhere!"(ビルがからむといきなり誰もが専門家になってしまって「お説」を披露したがるものだから、プロジェクトが進みやしない。)
この部分を私が「そんなわけで今は大変。『船頭多くして船山に登る』ってやつです。」と訳したとたん、唯一英語のできないおじさまがこの表現を気に入って「ふふっ」と笑った。それをきっかけに他の日本人の皆様もどっと笑い、SVPはようやく満足げに頷いた。
自分を褒めてあげたいと思った瞬間(3)
台湾の台北市でアジア太平洋各国の小売業協会関係者が集まる大会があった。英語をキィ言語として、中国語、韓国語、そして日本語の通訳が入った。つまり、中国語も韓国語も日本語も、発言は全て英語に訳され、その英語から他の2言語にリレーで通訳されるということである。英語の発言は、もちろん全て3つの言語に同時通訳される。
初日の開会式典で、主催者の台湾小売業協会会長が、英語で挨拶を始めた。「中国語では古くから、友人が遠くから尋ねてくれるのは、何と嬉しいことだろうと、その訪れを歓迎する言葉があります。」
このときとっさに「友有り遠方より来る、また嬉しからずや」(一説には「友遠方より来る有り」とも)と、遠く高校時代に習った漢文のフレーズがすらすら出た自分を、私は本当に褒めてあげたかった。だって、何年ぶりだ?(かぞえたくないけど・・・。)
自分を褒めてあげたいと思った瞬間(4)
世界医師会という国際団体がある。各国医師会(日本の場合は日本医師会)がそのメンバーになっていて、お医者様が守るべき倫理規範なんかを、宣言とか声明とかの形で出している。その中で、最近ちょっと話題になっているのが『ヘルシンキ宣言』だ。
元々1964年、ヘルシンキで開かれた世界医師会第18回総会で、ニュルンベルク裁判の流れを受けて、非倫理的な臨床試験に医師が関わってはならないことを宣言したもので、世界医師会以外の医療従事者の協会などが、臨床試験関連の宣言やガイドラインを出すときに、そのベースとして参照されてきた、由緒ある『医の倫理』宣言である。
その後1975年の東京総会で、インフォームド・コンセントと倫理委員会の概念が導入され、1983年にはベニスで、15歳以下の患者でも本人のインフォームド・コンセントが必要であることが明記され、1996年には南アフリカのサマーセットウェスト総会で、プラシーボの利用に言及するようになり、と、何度かの改訂を経てここまで来ていた。
その後ヒトゲノムの解読やら、ヒトのクローニングの可能性やら、メディカル・サイエンスがどこまで行くものやら混沌としてきた状況を受けて、それでも医師が守るべき『医の倫理』の原則を再確認しようと、ここ数年、再びその改訂作業が進められてきたのだが、その際、『医の倫理委員会』という常設委員会の中に作業部会を設置することになり、その大任を担ったのが、アメリカ、カナダ、フィンランドの3国を代表する、いずれも女性ドクターだった。
改訂のための原案を作り、それを各国医師会にはかり、コメントをとりまとめ・・・と言う辛抱強い作業の結果の、中間報告がなされたのが、2000年5月にフランスで行われた中間理事会である。理事会議長が彼女たちを「three
wise women による小委員会の働きにより・・・」と紹介した。
"three wise men" と言われたら、キリスト降誕の際に礼拝に来た「東方の三博士」であるが、「博士」ではあまりに中性的でせっかくの
"wise women" のニュアンスが出ない。一瞬迷ったが私はこれを「3人の賢女」と訳した。パートナーの通訳者達も納得したらしくこの表現を踏襲してくれて、以降この作業部会は日本語で「三賢女委員会」と呼ばれるようになった。
何でこれで私が自分を褒めてあげたいのか、と言うと、「賢女」という言葉を口に出した時点で、実は私のボキャブラリーの中に、この言葉は存在していなかったからだ。言いながら「後で広辞苑をひかなくちゃ」と思っていた。聞いている人には絶対伝わると思いながら、正しい日本語であるのかどうか、分からないまま言ってしまった。つまり「作っちゃった」のである。
結局この言葉が存在することを確認して安堵のため息をついたのであるが、どんな言語であれ、「伝わる」という自信を持って、自らのボキャブラリーに存在しない単語を「えいやっ」と口にできるようになったら、しかもそれがちゃんと正しく伝わったら、それはその言語のプロであることの証ではないかと、自分の語彙不足を棚に上げて、私は思ってしまった訳なのだ。
ちなみに当の三賢女たちの労は報われ、2000年10月のエジンバラ総会で、新生ヘルシンキ宣言は採択された。
お客様のお耳 −モノとステレオ−
スピーカーが声の高低を使って話をしているとき(「通訳者受難(3)」参照)、同時通訳をしながら、「こういう風に高く、低く」と、オリジナルスピーカーの声を参照するように、オーディエンスを誘導する方法が、他国では使えないかもしれない理由を説明しよう。(日本の会議場でも一部こういうところはある。)
日本の大臣が国際機関の会議に出席している時のニュース番組などで、同時通訳を聞くためのレシーバーをつけている映像をご覧になったことはないだろうか?ニューヨークの国連本部は片耳タイプだが、実は欧州では、ステレオのヘッドフォンのように上からかぶったり、飛行機のエコノミークラスのイヤフォンのように下から挟んだり、パターンは違えどいずれにしろ、両耳をふさぐタイプが多いのだ。通訳の声が両耳から聞こえるので、オリジナルはほとんど聞こえない。(もちろん全部が全部そうだというわけではなく、ジュネーブのWHOのオーディトリアムの各席に作りつけてあるレシーバーは片耳タイプだった。)
フランスのある町のホテルで、「これが最新」と言って見せられたのはすごかった。クロワッサンみたいな形をしていて、三日月の両端を両耳に入れるタイプ。普通だったら受信機は机の上に置いたりポケットに入れたり、あるいは座席に作りつけだったりして、そこからコードがでてイヤフォンにつながるのだが、これは全部一体型で三日月のおなかの部分に受信機とバッテリーが内蔵されているのでとても重たそうだった。
一方日本ではどうかというと、同時通訳用レシーバーは圧倒的に片耳タイプ。すなわちオーディエンスには、オリジナルスピーカーと通訳、両方の声が片耳づつ入ってくる。会場の音響が良ければ、スピーカーと通訳を聞き比べて「ほう、そういう意味か」とか「あ、間違ってる」とか、ちょっと暗めの楽しみにふけることも可能だ。
可能ではあるけれど、そんなことが継続的に出来るのは会議通訳の同業者くらいだ。(ついでに言うと同業者だってそんな無駄に疲れるようなことは滅多にやらない。)両方の言語の言葉やその意味を同時に追うのは至難の業。せいぜいオリジナルに集中しておいて、気になる言葉や表現が出てきたときだけ、少し遅れて入ってくる訳出を拾うのがやっとだと思う。
でも、声の高さくらいは、注意を少し向けてやれば認識できる。日本の片耳式ならば、通訳者が「こんな風に高く」「こんな風に低く」と訳したのを聞いて、もう片耳の注意をオリジナルスピーカーの声に向けることは十分可能なわけだ。
逆に、神津カンナさんが例のスピーチをヨーロッパでなさる場合、彼女の通訳者は彼女と同じ音域を駆使できなくてはならないわけである。
通訳者の耳 −マイ・イヤフォンとマイ・イヤパッド−
私の鞄の中身は、その日の仕事が同時通訳か逐次通訳かで異なる。逐次の場合のみ持っていくのがステノブック(バックナンバー「ご縁がなかった話」参照)。同時の時のメモ用紙は資料の裏紙。A4の紙を暇なとき、ストレス解消もかねて半分に破っておいたもの。逆に同時の場合のみ持っていくのがステレオ・イヤフォン(ウォークマンで使うようなヤツ)と、それを会場の同時通訳用の装置につなぐためのアダプター数種。
最近の会議通訳者の多くが「マイ・イヤフォン」を持参する。理由は色々あるのだが、会場で用意されているものが頭にあわなくて、きつかったり緩かったりするとそれだけで気が散ってしまうし、全日の会議だと3人の通訳者で2つのヘッド・フォンを使い回すことになるので、それよりは自分のを使うほうが気が楽だと言うこともある。
古い施設に設置されている装置には、訳出している自分の声が全く聞こえないほど気密性の高いヘッドフォンがついていることもある。そうすると通訳者本人が自分の訳出をチェックできないばかりか、自分の声のボリュームをコントロールすることもできなくなり、いつの間にか思わぬ大声で訳出していることにもなりかねない。隣のパートナーにはいい迷惑だ。ブースの遮音性が悪いと、すぐ前のお客さんには受信機なしで通訳の声が生で聞こえてしまうこともあって、これは恥ずかしい。
こうしたステレオ・イヤフォンやヘッドフォンの端子は、ミニプラグと言われる形状だが、これを差し込む装置のほうは普通のプラグのことが多いので、アダプターが必要になる。また、古い装置ではアウトプットがモノラルのこともあって、これにそのままウォークマンのイヤフォンをつなぐと、左耳にしか音が入ってこなくなるので、モノからステレオに変換するアダプターがいることもある。
ヨーロッパで仕事をするときには、これに加えて「マイ・イヤパッド」を持参する。一昔前の安いヘッドフォンは、堅くて丸いプレート(しかも真っ平ら)にスポンジのパッドをかぶせる形だったが、かの地の通訳装置に作りつけのヘッドフォンはまさにあれで、しかもパッドはとっくの昔にぼろぼろになって取れてしまっているので、堅いプラスチックのプレートがむき出し。おまけにそのコードをたぐっても、根本は一昔前の電話線のごとく、直接壁から生えている。マイ・イヤフォンとの取り替えがきかないとなれば、マイ・イヤパッドで対応するしかない。
同時通訳の歴史が長く、しっかりと根付いた土地で仕事をすると言うことは、すなわち同様に長い歴史を誇る通訳用の装置と、折り合いをつけていくということでもあるのだ。
他人の耳
毎日色んな場所に仕事に行く。会議場だったり、ホテルだったり、会社だったりする。車は時間が読めないので鉄道を使うことが多い。今の自宅は地下鉄二路線の駅がそれぞれ歩いて6分と8分の距離にあるし、仕事の現場もだいたいはどこかの駅から徒歩圏にある。
この間地下鉄に乗ったら、隣に立ったお姉さんが気になった。化粧もスーツもばりばりに決めている。かかとの細いミュールをはいて、少し大きめで存在感を主張するジュエリー類、腕に下げたルイ・ヴィトンのバッグにはウォークマンか何か(最近はMDかな)が入っているらしく、両耳にはイヤフォン。
問題はそこから漏れてくる音。「シャカシャカ」どころではない大音量。もちろんマナーとしては最低。それに聞いてる本人は気づかないが、音量があまり大きいと、実は外にはメロディーまではっきり聞こえるのだ。このお姉さんもそうだった。そしてそのメロディーは「ハクション大魔王」のテーマだった。
人ごとながら気になった。いや、「ハクション大魔王」のことではない。たぶん隠し芸か何かでカラオケでも披露しなくてはならないんだろう。そんな事情など無く、ただ好きで聞いていたとしてもいっこうにかまわない。気になったのは彼女の「耳」だ。あんな大音量で耳をいじめて、悪くなったら元には戻らないのに・・・。現場で行う仕事の半分に「耳」を使う職業を生業としていると、他人ごとでもちょっと気になる。
こぼれ落ちる音
ある刑事事件で犯人逮捕後のNHKのニュースを、配偶者と二人で見ていた。アナウンサーは淡々と事実のみを述べ、動機への言及はなかった。「動機については何も言ってなかったね。」「警察発表がまだ無いからでしょう。」「民放では色々言ってたよ。」「民放の報道は憶測だから・・・。」一瞬の沈黙があった。
「『民放の報道はクソだから』って言った?」今度はこっちが沈黙する番だ。「・・・?・・・!・・・言ってない。『おクソくだから』って言った。」「あぁ、そうか」と配偶者は笑い出した。「びっくりしたよ。なんか、吹っ切れたのかと思った。」「本当にそう言った時は『吹っ切れた』んじゃなくて『切れた』時よ。」
「憶測」の「お」は強勢の置かれないちっちゃなちっちゃな母音で、二つ目の「く」は母音が短い「k」に近い音なので、落っこちてしまったのだ。すぐ近くで母国語である日本語で会話していてもこんな事がある。ざわざわしたミーティングルームで聞き慣れない英語を聞き間違えたって、何の不思議もない。
日本の大手通信会社とアメリカのソフトウェア・ベンダーがビリング(料金の課金請求)システムについて、その要求仕様を詰める打ち合わせをしていた。アメリカ人が聞く。「それで、"lap
service" についてはどうしたいの?」逐次なので本人に確認してみる。「"lap
service" って言った?」「うん。」
仕方がないのでカタカナで「ラップ・サービス」とやったが、どうも釈然としない。lap
とは膝枕をするときのお膝の部分(つまり膝小僧ではない)なのだ。通信会社がいったいどんな「お膝」のサービスを提供するというのか・・・?当の通信会社の人にも分からない。アメリカ人に尋ねる。「ラップ・サービスって何?」「うん、ほら、料金の支払いが遅れた人がね、・・・」
説明を聞いて私は一人赤面した。「お膝」のサービスの内容が過激だったからではない。lap
service ではなく、elapsed service (ある期間サービスが提供されなかったこと)だったのだ。あたまの
e は強勢の置かれないちっちゃなちっちゃな母音、お尻の
sed は無声音なので、すっかりこぼれてしまった。もう大昔、まだ駆け出しでこういうプロジェクト・ミーティングにしょっちゅうかり出されていた頃の話である。時効、時効!
私の耳
このあたりでとりあえず、時効になった失敗談の棚卸しをしておこう。私は人口よりも牛の数のほうが多いような北海道の田舎で育ち、日本人以外の英語の先生がいる学校もあるなんて事は想像もつかないまま中学高校時代を過ごし、高校3年の夏に留学して初めて生の英語に触れた人間なものだから、残念ながら「英語を聞き取る耳」が抜群に良いとは言い難い。駆け出しの頃はいろいろな聞き間違いをやった。(頻度こそ減ったとは言え、もちろん今でもやっている。威張る事じゃないが・・・。)
ある建築関係の会議で、ニュージーランドから来たスピーカーが、図面を指しながら説明している。事前資料の中には入っていなかった図面だ。「細かい図面で申し訳ないのですが、これから指す4点がこの建物の強度には重要です。I,
B, C, D ・・・(あっ!)」やってしまった。スピーカーはニュージーランド人じゃないか。I
じゃなくてAだよ・・・。
ゴルフコースの開発をしているオーストラリア人が、ゴルフの歴史やらコース開発の歴史やら会社の沿革やら、色々とりとめのない話を、ものすごいスピードでまくし立てている。やたらと年号が出てくる。オーストラリア人だから1988年が「ネインティーンナイティアイト」になる。理屈としては分かるのだが、なんせスピードが速いものだから、これを瞬時に「ナインティーンエイティエイト」に頭の中で変換できない。「アイティーンネインティアイト」1898年も鬼門だ。「ネインティーンネインティアイトには」と言うから思わず「1988年に」とやってしまったら、「この地方に4つ目のコースをオープンさせる予定です」とか言われてしまって、とりあえずこの日は、過去も未来も含めて、年号をぐしゃぐしゃにしてしまった。
経営者を集めたセミナーで、コンサルタントがいう。「丸い穴に四角い豚を入れるようなことをしてはいけません。」square
pig って何だろう?不安になった私は「四角い・・・」まで言った後パートナーに救いを求めたのだが、彼女がメモ用紙に大きく書いてくれたのもやっぱり
pig 。仕方なく言ってしまった後、どんどん進むスピーチを訳し続けながら、頭の中ではやっぱり
pig がくすぶっている。
四角い、丸いというこの表現はどこかで聞いたことがある。しばらくして思い出した。pig
ではなく peg(木のくぎ、だぼ)だ!適材適所の反対だ!あぁ、どうしよう。変なこと言っちゃった。悩んだあげく、スピーカーが水を飲んだすきに「先ほど四角い豚と申し上げましたのは四角いだぼの間違いです。済みませんでした。」通訳を聞いていた人たちがどっと笑い、何人かは後ろを振り返ってブースのほうを見ている。
こういう恥ずかしい間違いをやらかしてしまった日は、せまっくるしい同通ブースの中から一生出たくないと思ってしまう。
私の頭と性格
そんなわけで、お世辞にも良いとは言いがたい耳の私は、ネイティブ・スピーカー並の耳なら、それほど苦労せずに聞き取れただろう単語に一瞬迷うことがある。すなわち、スタンダードからはずれた発音(話し方の癖とかなまり、話しているときたまたま音が滑ったとか)への許容範囲が狭いのだ。しかしそれでも会議通訳がこなせるということは、耳の許容範囲の狭さは、致命的ではないと言うことだ。つまり、頭を働かせることで、このハンディはある程度克服できる。
同時通訳をしているときの私の頭の中では、様々な作業がめまぐるしく同時進行的に行われている。耳から入ってくる音を意味のある言葉として認識し、その内容を理解し、それがこれまでの話の流れの中で、どのような位置づけになるのかを分析し、訳語を当てはめ、アウトプットする言語の文法に沿った文章を構築し、それを音声に変換して口から出しながら、自分の声を聞いてその訳出をチェックし、言い間違えたときには言い直し、こうした作業を全部やりながら同時に、新たに入ってくるスピーカーの声に耳を傾け、入ってくる音を意味のある言葉として認識し、・・・(以下、繰り返し)。
頭を使えば、ある音を持つ単語が、意味を持った単語としてすんなり耳に入ってこなかった場合でも、その前後の文脈と聞こえた音から、その単語が何であったかを類推することが出来る。しかし、すでに上で書いたような作業をこなしている私の小さな頭脳にとって、この類推の作業はとても大きな負荷になる。その負荷を出来るだけ軽減させる方法があるとすれば、ボキャブラリーの強化と、なまりのパターンの習熟の二つだろうと思う。
聞き落とした単語が普段からよく使っているものであれば、文脈と聞こえた音から再構築するのはそれほど大変ではないかもしれない。いっぽうそれが、「この前使ったのは半年前」なんていうほど、自分のボキャブラリーの中での使用頻度が低いと、頭の中の引き出しからそれを引っぱり出すのに、時間もかかるし労力もいる。また、話者の話し方の癖を飲み込んで置くことで、類推が容易になったり、あるいは類推が必要なくなるほどに耳の許容範囲を広げておくことが可能になる。
でもどっちのアプローチも、時間と経験を必要とする。おまけにどちらか片方だけでは、結局現場で役に立たない。だから私みたいなタイプの通訳者は、駆け出し時代にたくさん恥をかく。恥をかいたことで落ち込みすぎる性格は、通訳向きではない。逆に恥を恥とも思わない厚顔無恥でも、向上心のない鼻持ちならない二流三流の通訳者で終わる。十分反省した上で元気に立ち直る、一種開き直りのうまさが、この業界でのサバイバルには欠かせない。
誤訳の効用
時々仕事で一緒になる通訳者がいる。彼女はサイマルで通訳訓練を受けた。帰国子女で、言葉に対する感性も感受性も鋭い、優秀な通訳者だ。訓練生時代、授業をしてくれた有名な通訳者のある言葉を、座右の銘にしている。いわく「通訳者とは、間違うものです。」全くその通りで、同じ言語同士でさえ誤解したり理解できなかったりするのが、人の世のコミュニケーションの常である。我々とて人の子、誤訳の経験のない通訳者など存在するわけがない。
だからといって間違えまくって良いという意味では決してない。自分に出来る限り正確に「伝える」、すなわちコミュニケーションを成り立たせるようつとめるのは、通訳者の当然の責務だ。誤訳とは、しなくてすむなら出来るだけせずに済ませたい、でもどんなに気をつけていてもするときにはしてしまう、通訳者にとってはコンタクトレンズを洗っていて流してしまう事故みたいなものだが、実は、かつて日本経済にとんでもない効用をもたらした誤訳があった。
日本の製造業がかつて世界を席巻した背景に、徹底した「品質管理」があった。アメリカ人に聞いてもほとんど誰も知らないアメリカ人のデミング博士の提唱した「quality
control」を、日本人は「品質管理」と訳して、「デミング賞」なる賞までもうけて、実にまじめにその遂行につとめた結果、世界に冠たる品質王国になったのだ。
もともとの quality control とは、実に単純なコンセプトで、製造現場において、設計されたとおりに手順を守ってきちんと実物を作りなさいね、と言う、日本人には言わずもがなの内容だった。正しく訳したなら「品質制御」と言った方がよいものだったのだが、これが「品質管理」と訳されたとたん、日本人のイマジネーションが爆発した。「管理」とは「制御」より、遙かに幅の広い意味を持つ言葉なのだ。
QCサークルなるものを製造現場にとどめずに、経理や人事、総務などあらゆる部門、ひいては製造と縁のない業種の企業にまで広めたのは、「品質管理」という誤訳にインスピレーションを受けた日本人の発明だ。こうして日本版QCは幅においても深さにおいてもオリジナルを遙かに越えて一人歩きした結果、一時期の日本経済の隆盛を招くところまで来てしまった。
誤訳の効用である。パワーと言っても良いかもしれない。しかし間もなく、この誤訳に気づいたアメリカの逆襲が始まる・・・(続く)。
誤訳の効用(続き)
自分の強さに自信を持っているときは実に鼻持ちならないが、完膚無きまでに叩きのめされると、逆に潔く相手から学ぼうとするのが、アメリカの本当の強さだ。数多くの学者が日本の研究を行い、その結果日本の「品質管理」は「quality
control」ではない、と言う結論に達した。そうして出来た新たな英訳語が「TQM、total
quality management」。この理解がアメリカの製造業を、いま一段の高みへと導くきっかけになり、今、私達が目にしているとおりの、新たなるアメリカ製造業の再生へとつながっていく。
ところがその回復の過程に、今度は逆の日本語から英語への誤訳が介在するのだ。日本の品質管理の心臓部に「改善」がある。とにかく止まることなく、少しづつでも現状より良いものを求める姿勢と、その姿勢から生まれる色々な工夫。「継続的改善」と説明されそれは「continuous
improvement」と訳された。
かくして、かつて日本人が「quality control」を「品質管理」として拡大解釈したのと同様、今度は日本の「改善」が「continuous
improvement」と訳され、アメリカ人がこれを拡大解釈することとなる。本来の改善は「incremental
improvement」、すなわちほんの少しづつの、小さな小さな改善の積み重ねであった。continuous
improvement に、「小さな」という縛りはない。
日本人が「品質管理」という誤訳に触発されて爆発させたのはイマジネーションであったが、アメリカ人が「continuous
improvement」にひらめきを感じて爆発させたのはイノベーションだった。日本人が自らに縛りをかけて小さくまとまろうとするのに対して、アメリカ人は広がれるだけ広がろうとした。似たような誤訳が日米両国に異なる結果をもたらしたところが面白い。